下社御柱祭

流れとみどころ

○山出し

「里へくだりて 神となる」

「奥山の大木 里へくだりて神となるヨーイサ」。 朗々と響き渡る木遣りを合図に下諏訪町東俣川の渓谷沿い、山腹の棚木場で一年間ひっそりと眠っていた御柱が目を覚まし、ゆっくりと進み始めます。 4月とはいえまだ寒い風の中、初日、2日目と順に目を覚ました御柱は、いよいよあの坂へと向かっていきます。

棚木場


豪快、木落し坂

萩倉の集落を抜けると急に眼前が開ける、そこが世に名高い木落し坂。最大斜度35度、距離100m。 御柱が姿を見せると、砥川の河原を埋め尽くした大観衆から一斉にどよめきがわき起こります。 そんな観衆をじらすかのように見えを切ってみせる氏子たち。 御柱に跨った命知らずの若衆が、緊張の面持ちでその瞬間を待ちます。

豪快木落し坂


命をかける木落し

木遣りにのって頭を突き出す御柱。 観衆の緊張が最高潮に達した瞬間、御柱を引き止めていた綱が切られ、御柱は土煙をあげ轟音を響かせながら猛然と坂を突き進んでいきます。 絶叫とも悲鳴ともつかぬ大歓声。 最後まで振り落とされず無事乗り切った者は満場の喝采を浴び、後世まで語り継がれるヒーローとなります。 「男見るなら七年一度、諏訪の木落し、坂落し」と歌われるわずか数秒の壮絶なドラマに全身全霊をかけ、男たちは木落しに挑みます。

木落し


注連掛で里曳きを待つ

龍か大蛇の化身かとも思われるように猛り、吼え、転がりながら坂を落ちた御柱はふたたび穏やかな表情に戻り、さらに1km程の道のりを注連掛まで曳かれて行きます。 そして5月の里曳きまで静かな休息の時を過ごすのです。

注連掛



○里曳き

フィナーレを飾る下社里曳き

野山の緑が一段と鮮やかになる5月。 いよいよ御柱祭の最後を飾る下社の里曳きが始まり、注連掛に眠っていた8本の御柱が出発します。 また、秋宮から春宮へ御柱行列が差し向けられます。 上社の御柱迎えの行事にあたるもので、春宮に着くと御柱大祭が行われます。 国道142号から旧中山道へ入った御柱は、短いながらも急な坂を下って春宮境内へ曳きつけられ、春宮一の柱はその日のうちに建てられます。 秋宮の4本の柱は春宮境内を経て下馬橋の前で初日の曳行を終えます。

建御柱


絢爛豪華な道中絵巻

下社の里曳きも山出しの豪快さとは対照的に華やかな雰囲気に包まれます。 騎馬行列や花笠踊り、長持行列などが華麗な道中絵巻を繰り広げますが、中でも下諏訪町東山田地区の長持は、徳川家康の六男松平忠輝公の筆になる標示札を受け継ぐ伝統あるもので江戸時代の様子をよく伝えています。 春宮から秋宮までは市街地が曳行のコースとなるため、大勢の見物客で御柱の最後を飾るにふさわしい賑わいを見せます。

道中絵巻


二日目は秋宮まで曳行

二日目の出発地である下馬橋は、殿様も駕籠や馬から下りたという神域。 その神聖な橋を出た秋宮の御柱は下諏訪の町中をゆっくりと進み、長い坂(大社通り)を登って行きます。 4本の御柱は境内でひと晩を過ごし、御柱祭の最終日、いよいよ秋宮の建御柱です。


建御柱を豪快に演出

上社同様、先端を三角錐に整える「冠落し」の儀を行った後、何本ものロープが取り付けられ、車地と呼ばれる道具を氏子が力を合わせて巻き上げると、御柱は徐々に立ち上がって行きます。 てっぺんで意気揚々とおんべを振る天端乗りは、御柱を豪快に演出します。 わき起こる拍手と喝采の中で神となる巨木。 山出しから二カ月にわたって繰り広げられた柱の曳き建ては幕を閉じます。

建御柱