諏訪大社とは

諏訪大社とはイメージ

諏訪大社

諏訪大社(すわたいしゃ)は、長野県の諏訪湖の周辺に4箇所のお宮をもつ神社です。信濃國一之宮。神位は正一位。全国各地にある諏訪神社の総本社であり、 国内にある最も古い神社の一つとされております。諏訪大社の歴史は大変古く古事記の中では出雲を舞台に国譲りに反対して諏訪までやってきて、そこに国を築いたとあり、また日本書紀には持統天皇が勅使を派遣したと書かれています。

諏訪大社の特徴は、本殿と呼ばれる建物がありません。秋宮は一位の木を春宮は杉の木を御神木とし、上社は御山を御神体として拝しております。古代の神社には社殿がなかったとも言われています。つまり、諏訪大社はその古くからの姿を残しております。諏訪明神は古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また武勇の神として広く信仰され、現在は生命の根源・生活の源を守る神として御神徳は広大無辺で、多くの方が参拝に訪れます。

 

諏訪大社について

諏訪大社の話

諏訪大社のお話御鎮座の年代、起源等の詳細については知るすべもありませんが、我国最古の神社の一つに数えられます。延喜式神名帳には南方刀美神社(みなかたとみのかみのやしろ)と記され、信濃国四十八座の第一にあり、当時既に信濃國一之宮として信仰されていたことがわかります。

明治四年に国幣中社に列格、同二十九年に官幣中社、大正五年に官幣大社に昇格し、終戦を迎え昭和二十三年に諏訪大社と改称致しました。

諏訪の信仰

諏訪の信仰全国に分布する御分社は一万有余社を数えお諏訪さま、諏訪大明神と親しまれ、敬まわれつつ巾広い信仰を有し、御神徳の数々は枚挙にいとまがありません。古くからある信仰には風と水を司る竜神の信仰や、風や水に直接関係のある農業の守護神としての信仰が著名です。また水の信仰が海の守り神となり、古くからある港の近くには必ずと言っても良い程にお諏訪さまがお祀りされております。

神功皇后の三韓出兵や坂上田村麿の東夷平定にも神助ありと伝えられ、東関第一の軍さ神、武家の守護神とも尊ばれて来ました。精進潔齋を形だけする者より、肉を食べても真心込めて祈る者を救おうという諏訪大明神御神託や、浄瑠璃や歌舞伎の本朝二十四孝が世上に広まるにつれ、日本の屋根信州諏訪の地へとの参拝者も日と共に繁く、諏訪大明神の御神徳の厚きことが伺われます。

信濃國一之宮 諏訪大社(公式サイト) より抜粋

 

諏訪大社上社本宮

神体山の信仰
本宮幣拝殿
本宮幣拝殿彫刻
本宮竜の口

御神体は守屋山という山であり、その麓に建てられていて豊かな社叢に覆われた境内は荘厳な雰囲気で、一年を通じて参拝者が絶えることがありません。

本殿はなく、幣拝殿の左右に片拝殿が並ぶ独特の配置で戦国時代、武田勝頼が造営した社殿は天正10年(1582)織田信長の軍勢によって焼き払われましたが、天正12年(1584)諏訪頼忠が上社を再興、現在の社殿は天保9年(1838)に二代目立川和四郎冨昌が棟梁を務めて建造されました。

片拝殿の彫刻「笹に鶏」「粟穂に鶉」は立川流の最高傑作といわれています。境内のほぼ真ん中にある東西の宝殿は御柱の年の寅年と申年に交互に建て替えられ、新しい宝殿で宝殿遷座祭が行われます。

 

諏訪大社上社前宮

諏訪信仰発祥の地
前宮本殿
前宮水眼の清流
前宮二之御柱

本宮の東約2kmの所にある前宮は、御祭神である建御名方神(たけみなかたのかみ)が国譲りで諏訪に退いたとき、最初に居を定めた地ともいわれ、古くは前宮があるこの地で上社すべての祭祀が執り行われていた、いわば諏訪信仰発祥の地です。

上古には大祝(おおほうり)の居館や付属するたくさんの建物が軒を連ねていましたが、近世初頭頃までに大祝が宮田渡に移ると祭典に必要な建物のみになりました。しかし前宮は古くから上社の祭祀が行われた場所であり、最も重要とされる御頭祭(おんとうさい)は今でも前宮の十間廊で行われています。

現在の建物は、昭和7年に伊勢神宮の古材で建てられた本殿と、内御玉殿、十間廊となっています。

 

諏訪大社下社春宮

大隈流建築の傑作、春宮
春宮幣拝殿
春宮
春宮欅と縁結びの杉

JR下諏訪駅から北西へ約1キロに位置し、その昔、大祝金刺一族をはじめ多くの武士たちが流鏑馬の腕を競ったといわれる真っ直ぐな通りを約800メートル進むと、静寂な森の中に社殿が建ち並んでいます。

建物の配置は秋宮と同じで本殿はなく、正面に神楽殿、その奥に幣拝殿と片拝殿、さらに奥に宝殿があり、宝殿奥にそびえる杉の木が御神木となっています。

秋宮が立川流であるのに対して春宮は大隈流の建造で、幣拝殿などの細部に施された彫刻などはまったく異質です。これは江戸時代を代表する2つの流派が同じ図面で競い合って秋宮と春宮を建てたためで、春宮の幣拝殿は大隈流の柴宮長左衛門の手によって安永9年(1780)に完成しました。技術の高さがうかがえる幣拝殿正面の彫刻が見事です。

 

諏訪大社下社秋宮

立川流父子が注いだ技の冴え、秋宮

秋宮は、中山道甲州道中が交わる交通の要衝に位置しています。

下諏訪町の温泉街に近く境内の手水にも竜の口から温泉(御神湯)が流れ、正面の神楽殿は両脇を青銅製では日本一の大きさといわれる狛犬があります。神楽殿は、上社本宮幣拝殿を手がけた2代目立川和四郎冨昌の手によって天保6年(1835)に完成しました。その奥の幣拝殿や片拝殿は春宮と同じ図面で造られながらも、こちらは立川流の初代立川和四郎冨棟によって安永10年(1781)に建てられました。彫刻が見事で拝殿内部の「竹に鶴」などは代表作です。春宮と合わせ、建物の多くは国の重要文化財に指定されています。

幣拝殿の奥には御神木のイチイの木がそびえています。また、毎年2月に遷座祭、8月には遷座祭(お舟祭)がが行われます。

 

四社巡り

今、静かなブームとなっている「御朱印」巡り。諏訪大社では、四社それぞれの御朱印が受けられる。
まちあるきや周辺の観光スポットと組み合わせた諏訪大社四社巡りの旅はいかが?